夜の伊良部大橋を走行するー佐良浜港周辺を歩く

2月16日(月)雨のち曇り 最高気温21℃ 最低気温19℃ 北風のち北東の風

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夜の伊良部大橋(伊良部側)橋詰付近

昨日の散歩は伊良部島・佐良浜港。

夜の大橋の状況がどうなのかも知りたくて
夕方遅く、島内に入った。

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佐良浜港南端からスタート。



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フェリー乗降場付近

塩の袋が2袋置かれていた。



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いずれ、壊されるのであろう。


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周辺に物が散乱していた。
荒涼とした風景。



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「ゆがふ」が停泊。

『「ゆがふ」は「うぷゆう」の故障時や
ドッグ入り時の代替船として
使われていた。』そうだ。(ウィキペディア)


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地の人らしき人が歩いていたので
「大橋完成以降、佐良浜はいかがですか」と
尋ねると
「寂しくなったね。

影響は1年経ったらはっきりすると思うよ。

マリンボートも厳しいな。車でスイスイ、行くだろうし。
魚の仲買もキツくなりそうだ。」の
話であった。


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公衆トイレ

ここだけは妙に明るい。お隣に東屋2棟が建っていた。

「旧伊良部離島振興センター(5階建て)跡地で
整備を進めていた通称佐良浜漁港前広場が
1日(昨年の4/1)、供用開始した」(宮古毎日新聞)

昨年の今頃は大きなビルが建っていたというわけか。

「身障者用トイレを設けた。身障者用トイレと施設出入り口は
社会的弱者に利用しやすいようにバリアフリーに整備した。」(同紙)

とてもいいことだと思う。


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「佐良浜漁港修復記念碑」

同じ広場にカツオのモニュメント。


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「佐良浜ミャークヅツ」の写真

説明板

「佐良浜ミャークヅツは、旧暦8月、9月の甲午(キノエウマ)の日から
4日間「ムトゥ」を中心に、佐良浜の人達総出で盛大に行われる祭りである。

ミャークヅツを行っているのは、池間島、平良・西原地区の三地域である。
初日を「アラビ」・2日目を「ンナカヌヒー」・3日目を「アトヌヒー」・最終日を
「ブートイビー」と呼んでいる。

ミャークヅツの由来は2つある。

仲保屋の池間の主が、税金(人頭税)を完納した褒美として祭りを与えたという説と、
一人子が亡くなって、その悲しみで人生の無情から、現世を楽しく生きようとして
始まったとの説が伝えられているが、前説が有力である。

ミャークヅツには、いろんな仕来りがあり、それを司るのは、
各ムトゥのツカサウヤを中心にミーウヤ(ミーイディウヤ・アライディウヤともいう)が行う。
池間添(マジャ・アギマス・マイヌヤー)では、数え年47歳、前里添は50歳からミーウヤになる。」

※ムトゥ

「28歳の仕従習(しじゅうなら)と呼ばれる家を元(ムトゥ)と呼び、一年間の神事の会合場所になりますので、仕事が終わった青年団と神役目の方たちがユークイの成功を祈願して「オトーリ」を回しながら、心を合わせる話しあいをします。」(「伊良部島ユークイ2012」の記事から)

(参考)

「伊良部島ユークイ2012」

http://blog.yoshiokamanabu.com/?search=%A5%E0%A5%C8%A5%A5

わからないことも多いが、地元の人たちが長く継承してきた宗教文化、
尊重したいと思う。


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「西の浜休憩施設」

「爬龍(ハーリー)船艇庫」でもあるようだ。
これを見たかったな。


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休憩施設内

辺りもかなり暗くなり、写真撮影もうまくいかない。
今はあまり使われていないようだ。

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戻り。


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伊良部大橋(伊良部側)橋詰付近

伊良部大橋には路側帯があるだけで、歩道はない。
しかも道路照明灯もない。風も強い。

来るときは、歩く人、ジョギングをする人、自転車で行く人
様々見かけたが、夜の歩行、走行は相当危険だ。


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宮古本島の道路でも照明灯が少ない。
それに多少慣れているせいか、車の
運転には問題なかった。

しかし、仮に路側帯にいる人が
いれば、ちょっと緊張するだろうな。









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