家内、中国・黒竜江省を旅する(最終回)ー奈良・平安時代に日本と交流していた渤海を中心に 

7月22日(水)晴れ 最高気温32℃ 最低気温28℃ 南風 海上風速15m

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「渤海上京遺址博物館」

奈良・平安時代に日本と交流していた渤海の城址

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※渤海(ぼっかい、698年 - 926年)→満洲から朝鮮半島北部、
現ロシアの沿海地方にかけて、かつて存在した国家。

大祚栄により建国され、周囲との交易で栄え、唐からは
「海東の盛国」(『新唐書』)と呼ばれ、統一新羅の8倍、
高句麗の4倍の領土を誇ったが、最後は
契丹(遼)によって滅ぼされた。(地図・文とも ウィキペディア)


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城の土台に当たる部分が向こうに見える。

当時は南北約3.4km、東西約4.9kmの規模をもつ城。

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遺址内に見られる建物の土台になる部分は
再現されたもの。


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現在は宮殿の柱を置いたと思われる石台が
点在している。

興隆寺

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「興隆寺」

遺址から2kmほど離れた場所にある寺院。
1662年(清の康熙元年)に渤海国の
寺院跡地に創建したもの。


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高さ6mの石灯籠

渤海時代の唯一の現存建造物。


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三聖殿

実姉が「灯篭の大きさ、高さを考えた時、そのバランス上、
もっと大きい寺院ではなかったか」と話していた。



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ポーターにお世話になる


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牡丹江からハルビンへ



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6月30日午前8時05分、ハルビン空港から「中国南方航空」に乗り込み
帰路につく。

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機中から松花江(細長い茶色の部分)が見える。

これで、黒竜江、牡丹江、嫩江(のんこう)と黒竜江省の
主な江を見たことになる。

無事、12時5分、関西空港に到着した。
(時差1時間・実質飛行時間3時間)


中国旅行を終えての家内の感想

①中国へは何度も行ったが、いつ行っても思うことは
中国の食文化の豊かさだ。

ともすれば、中国の不適切な農薬使用などに対し、
批判が先行している日本だが、一方、中国の、例えば、
片田舎でさえも、実に豊かな食材や料理を体験する事が
できる。
 
今回の旅行でも、中国人の食文化への貪欲さを
改めて認識させられた。

② 私の名前の由来を実父に尋ねた折、
彼は黒竜江省の大草原になぞらえて
命名したと話していた。

その時は半信半疑の気持ちで聞いていたが、
今回の旅行で、どこまでも続く大草原に出会い、
その広さ、大きさに驚くと共に、実父のその時の
私への願いに少し触れたように感じた。

〇私の感想

酒席を共にした折など、義父から、黒竜江省の話は
よく聞かされていた。今回、少し勉強し、その時々の
話が思い出されて、よかったと思った。


◎最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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