「笑門福来」ー年賀状を作る 「生者は死者のために煩わさるべからず」

12月15日(火)曇りのち雨 最高気温25℃ 最低気温22℃ 北風 海上風速13m

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年賀状の季節である。
憂鬱な時間。

貰うのはありがたいが、作るのはうっとうしい、
面倒くさいの全く身勝手な心理が働く。

これまで

①1年を振り返っての自分の活動状況
②今年の目標らしき文言
③相手への一言

をわりと真面目に書いてきたが
これも面倒くさくなってきた。

①にしたって、もう過ぎ去ったこと、どうってことない。
伝えたいことはその時々に伝えている事が多い。

②にしたって、正しく守ったためしがない。

ま、しかし、年賀状を出すことは世の習い。
貰って喜ぶ人もいるだろう。(私も)
ほんの少しでもお役に立つことは嬉しいことだ。

で、今年は「笑う門には福来たる」とした。
平凡極まりない文言だが、真理に近い。

もっとも、個人の欠点を評って
嘲笑う嫌な笑いもある。
自戒したいものだ。

また、特に今年は例年以上に笑えない事象や
事件が多かった。

来年は今年より、もう少しマシに人間や社会、
世界が成長するようにとの願いを込めて、
「笑門福来」とした。

死者は生者を煩わせるべからず

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喪中はがきをいただくことが多くなった。
それぞれのおうちで、家族の死を悼み、
悲しむ日々を過ごされたことであろう。

このはがきの中の一通。

「年賀状のないお正月というのも淋しいものです。
例年のように、楽しみにさせていただきたく、勝手を
言いますがよろしければ送ってくださいませんか?」
の文言。

もちろん、この方は亡くなられた方への思いや
何事も期間限定の必要を肯定しながらも、しかし、
喪中を越えても、心情的に喪の開けない人たちが
多くいること、自分の場合はたまたま穏やかな喪中
にあることの気づきを切々と語られている。

私は賛成である。

亡くなった方には「喪中」など関係のないことである。
亡くなったのだから。

仮に存命されている時であれば、家族の1人が淋しい正月を
送る事を望むであろうか。

よって、この方には年賀状を送りたいと思う。

”生者は死者のために煩わさるべからず” (梅原龍三郎)

逆も真なり。

”死者は生者を煩わせるべからず”(kura)









この記事へのコメント

沖縄原
2015年12月15日 16:57
我が家も「喪中欠礼」を印刷する際、仰るような「淋しいのでお送っていただけませんか」の文言を見かけ、こう言うご挨拶もアリだと思いました!

めったに会えなくなった、古くからの友人・知人との交流を、こんな形で続けるのは決して悪いことではないですよね!

来年のkuraさんの明るい年賀状、 とても素敵です!

お正月に年賀状が来ない我が家ですが、お陰でいただいた気持ちになりました(^o^)v
kura
2015年12月15日 21:12
沖縄原さん、こんばんは

同じような種類の挨拶をされる方が他にもいらっしゃるのですね。
驚きました。

年賀ソフトを使った借り物ばかりの年賀状です。
ま、これから、自筆で、何か一言を相手に
応じて書いていくつもりです。
正月だから何かいいことを書きたいなと
思っています。




kuu
2015年12月17日 23:09
お久しぶりです。
見てはいるけど、なかなかコメントできずの日々でした。

喪中だけど年賀状ください、アリですね!なんだか清々しい気持ちになりました。

今頃ようやく年賀状作成に取り掛かっています。寝たいけど(-。-;がんばります!
kura
2015年12月18日 08:09
kuuさん、おはようございます

上2行分は私も同様です。失礼しています。

良いことも悪いことも過去については拘泥しないことに
しています。

亡くなった時に十分悲しみに浸ったはずですから
それを引きずることは生者にとって、あまり
良くないことではないかなと思っています。

今を見据えてしっかりと明るく生きていかなければ
なりません。亡くなった方もそれを望まれているはずです。

年賀状もたいそうに考えると、大変ですね。
あまりグチャグチャ考えず、目下の自分の
気持ちを素直に書けば少しは楽になるかなと
思っています。

私も印刷し終わった段階で「一言」はまだ書いていません。
お互い頑張りましょう。




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