Mさんとの「お別れ会」は無事終了したようだー「ホテルメルパルク東京 」

3月28日(月)晴れ 最高気温19℃ 最低気温15℃ 北東の風 

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「ホテルメルパルク東京」
※ネットからお借りしました

沖縄原さんのご主人Mさんとの「お別れ会」が25日午後6時から
「ホテルメルパルク東京 4階孔雀の間 」で行われた。

沖縄原さんのブログによると、約90名の方が参会されたようだ。
家内も東京の高校同窓会出席の流れで、参会させていただいた。

以下の写真は、家内が撮ったもの。

会の性格上、表立ってパチパチ撮るというわけにも
行かず、控えめに撮った写真ゆえ、不十分さはあるが
会の進行の一端をお知らせする役割は果たせるのでは
ないかと考えている。

「 」内は家内の言葉です。

進行は次のように行われたようだ。

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受付を終え、入場。
思い出パネルの前を通り、献花の場所へ。


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「お骨の置かれた祭壇に菊の花を1輪ずつ献花しました。」

マラソンで懸命に走る彼の勇姿であろう。

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「事務所の社長さんの挨拶のあと、沖縄原さんの挨拶。
しっかりと挨拶されました。

弱音を吐かず、最後まで強く生きようとする姿に、
改めて見直したという内容で締めくくっておられました。」


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「その後みんなで献杯をして、弟さんの編集したスライドを観ながら会食。」


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「小さいときからの写真がずっと流れていましたが、
宮古の部分から何枚か映しました。」

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宮古在住の人たちの「お別れ文」も丁寧に
パネルに貼り付けていただきました。

「たくさんの人がこられていました。
高校時代のお友達も福岡から来られて
挨拶されていました。

どなたも彼の優しさと人生を楽しむ術に
長けていたといわれていました。

8時ごろになると帰る方も増えてきたので
私も8時半ごろおいとましました。
ホテルの窓から東京タワーの
ライトアップが間近に見えました。」

記事関連

「お別れの会と四十九日」(沖縄原さんのブログ)

http://stomachcancer4.blog.fc2.com/blog-entry-195.html

「今夜は沖縄原さんのご主人Mさんとのお別れ会ーホテルメルパルク東京 4階孔雀の間 」

http://1120kura.at.webry.info/201603/article_15.html

この記事へのコメント

ひーちゃん
2016年03月29日 05:30
kuraさんの奥様も参加されたのですね。
沖縄原さん、さぞかしお喜びになられたことでしょう。

こちらのブログで会の詳細を知ることができて感謝しています。
どうもありがとうございました。

こんな事を言うと不謹慎ですが、結婚式さながらの演出のようで
いい意味で驚きました。
でも、賑やかな雰囲気がお好きなご主人にふさわしい会になったようで、
本当によかったと思います。

Kuraさんを始めとする宮古のお友だちからのメッセージも、素晴らしい
演出の一部となっていますね。
Kuraさんが書かれた言葉も、自然体で率直な気持ちが伝わって、
心が温まりました。

主催者側(沖縄原さんと親族)だけではなく、宮古の方も会に
携わった形になって、本当に素晴らしい会になりましたね。
Kuraさんもお疲れさまでございました。
kura
2016年03月29日 08:27
ひーちゃん、おはようございます。
会場にお越しの皆さんは彼の仕事仲間であった方が多く、
沖縄原さんにとっては初対面の方がかなり多かったように
思います。しかも、喪主の立場ですから気苦労も大変でなかったか
と推察しています。

この記事が、宮古に在住している皆さんなどに
伝われば、嬉しいです。
4月の暖かくなった頃に、宮古に来られると
聞いていますから、エピソードなども含めて、詳しく
聞けるのではないかと思っています。

おっしゃるとおり、賑やかな雰囲気が好きであった彼を
送るのに相応しい会であったと思います。
大勢の人、弟さんのスライド演出、宮古住人のメッセージ、
彼の好きだった曲、そして沖縄原さんの病中の彼を語る挨拶など
全員で盛り上げた印象を持ちました。

慰労のお言葉、ありがとうございます。
私もひと仕事終えた感じがしています。
沖縄原
2016年03月29日 18:15
kuraさん こんばんは!!!
お陰さまでお別れ会、四十九日の法要が無事終わりました。

お別れ会には遠く九州の友人達も来てくださり、また年度末の忙しい時期にもかかわらず、仕事先の方々も大勢お越しくださいました。

仰るとおり、賑やかなことが大好きで明るい夫らしいお別れ会になり、夫も喜んでいると思います。

宮古の友人達の別れの言葉は、夫がたくさんの人から愛されていたことの証として、夫の両親に進呈しました。

義父の最後のお礼のことばに「愚息はこんなに皆さんに愛されて、私は誇りに思います」と申しておりました。

私達家族にとって、夫に対しての気持ちは義父のこの一言に尽きます。

kuraさんには今まで本当にお世話になり、夫の応援団長として支えていただきました。
ありがとうございます!

また奥さまにもお忙しい中をご参会いただきまして、誠にありがとうございました。
慣れない事でバタバタと浮き足立ち、ろくなおもてなしもできず本当に申し訳ございませんでした。
kuraさんからも宜しくお伝えくださいませね。

宮古でお会いすることを楽しみにしております。



kura
2016年03月29日 19:48
沖縄原さん、こんばんは

お別れ会、四十九日の法要が無事終わったようで
良かったですね。
ご苦労様でした!!
今はとりあえず、ほっとされている頃でしょうか。

振り返ってみれば、沖縄原さんにとって、激動の日々が
続きました。

私の知る範囲で言っても、お母さんのご逝去、お義父さん、お義母さんの
病気治療、彼の病気発覚、看病、看取りと目まぐるしく、歓迎されざる
事態が押し寄せてきました。

一般人では耐え難き連続事態に対し、気丈に、振舞われ、頑張ってこられました。
彼と同様、厳しいマラソンであったかと思います。

宮古在住の私たちのメッセージがお義父さんへの
ささやかなプレゼントになれば、大変光栄に思います。
彼は最後まで親孝行でした。

家内も参会させていただき、ありがとうございました。
撮った写真が、宮古の人たち等に、「お別れ会」の様子の
一端を知らせる役割を果たしてくれるなら、とても嬉しいです。

どうぞ、お疲れが出ませんように。
再会、楽しみにしています。






kuu
2016年03月30日 23:51
kuraさん、奥様、ありがとうございます。

ご逝去された実感はなかったけれど、スライドなどのお写真を見たら寂しさがこみあげてきました。
沖縄原さんがいろいろと落ち着かれて来月こちらに来られた時に、私は涙が溢れ出てしまいそうです。
kura
2016年03月31日 08:05
kuuさん、おはようございます
出会いがあれば必ずお別れの日がやってきます。
こんな事実を承知しながらも、やはり、辛く寂しいものですね。
特に彼は明るい方だったから、余計に、心に残ります。

涙は自然現象だから、いいのではないですか。
うさと君やまー君を見れば、沖縄原さんも
笑顔が出てくるのでは。
お2人に頑張ってもらわんと(笑)

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