家内、ポルトガルを旅する③ーリスボン市内観光

11月30日(水)曇りのち雨 最高気温26℃ 最低気温22℃ 東風のち北東の風 海上風速10m

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「旅行のとも、ZenTech」様よりお借りしました。

『』内は家内の言葉です。

3日目(10月26日)
 
今日は、リスボン市内観光。

まず、リスボン中心部からテージョ川沿いに
6kmほど西にあるベレン地区へ。

ポルトガルの大航海時代を偲ばせる
歴史的建造物が残っています。

15世紀初め国王ジョアン1世による北アフリカ攻略に始まり
その息子エンリケ航海王子は積極的に海外進出を計画します。
 
バスコ・ダ・ガマによる喜望峰やインド航路の発見、
ブラジル発見やマゼランの世界一周により海洋国家ポルトガルは、
16世紀中ごろにかけ、大航海時代の黄金期を迎えました。

ベレンの塔
マヌエル1世の命により1515年に着工。20年に完成。
テージョ川を行き交う船を監視し、河口を守る要塞として造られ、
後に船の通関手続きを行う税関や灯台としても使われたそうです。
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東方貿易や植民地支配から得た莫大な富を投じて建造されたジェロニモス修道院は、
マヌエル様式を代表する建築だそうです。
ベレンの塔とともに世界遺産に登録されています。

ジェロニモス修道院
 エンリケ航海王子とヴァスコ・ダ・ガマの偉業を称え、
また新天地開拓へと乗り出していく航海の安全を祈願して
マヌエル1世が1502年に着工。約1世紀をかけて完成。
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マヌエル1世の死去や、スペインのポルトガル併合などによる中断で
完成したのは300年以上経た19世紀とも言われています。
いずれにせよ、マヌエル様式の最高傑作とも言われています。
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サンタ・マリア教会内部の柱
ヤシの木を模したといわれ、海をモチーフにした模様が刻まれています。
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ステンドグラス 拡大すると、赤いマントの人物がマヌエル1世、
後ろの青い服の人物がヴァスコ・ダ・ガマだそうです。

教会のなかには、ヴァスコ・ダ・ガマと詩人カモンイスの石棺が置かれています。
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 こちらは、カモンイスのもの



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中庭を囲む55m四方の回廊 アーチの装飾が美しい


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修道院内部の食堂に施されたアズレージョ18世紀のもの
これは、新約聖書の「5千人の給食の奇跡」の物語の場面だそうです。

修道院を出て街へ、お菓子屋さんに向かいました。



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1837年創業の老舗、「パステイス・デ・ベレン」


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「パステル・デ・ナタ」が有名。エッグタルトでポルトガルの伝統菓子です。

外側のパイ生地がサクサクしておいしかったです。

昔、修道院ではアイロン掛けに卵の白身を使ったそうで、残った黄身を加工したお菓子が作られたそうです。

街の中心部に戻って

サン・ペデロ・デ・アルカンタラ展望台
 

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この展望台からケーブルカーに乗って下の街に下りました。
 リスボンは「7つの丘」と呼ばれ坂道がとても多いです。
この急斜面を歩くのは大変です。高いところを最短距離で結ぶケーブルカーは重宝します。
3路線があります。


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ケーブルカーを降りるとレスタウラドーレス広場から
ロシオ駅の前を通ってロシオ広場へ。
春にはジャカランダの花が満開になるそうです。
これはポスター



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ところどころ、花が咲いている木がありました。
初めて見るので感激です。
ジャカランダは、和名紫雲木、世界三大花木のひとつです。
ちなみに、他の2つは、火焔木と鳳凰木だそうです。

宮古に全部あるんじゃないかな。


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高いところを結ぶエレベーター
観光客でいっぱいです。
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この後、リベイラ市場に向かいます。

(感想)
ウィキペディアによれば

「(前略)すなわち、香辛料がヨーロッパの人々を世界進出に駆り立てた。
造船技術や天文学などの科学技術の発達によって長期の航海が
可能となった時、大航海時代の幕が開けた。ヨーロッパ人は大挙して
新大陸やアジアに進出し、植民や、現地住民に対して略奪、虐殺、
強制を伴ったキリスト教への改宗を実行していった。(後略)」

神を讃え、世の平和を願う「ジェロニモス修道院」もこういう暗い背景が
あったことも認識しておきたいと考えた。


記事関連

家内、ポルトガルを旅するーリスボン、ロカ岬、シントラ

http://1120kura.at.webry.info/201611/article_12.html

家内、ポルトガルを旅する②ーシントラ観光

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