家内、イランを旅する⑦ーシェイフ・サフィ・オッディーン廟、バンダル・アンザリ市内

5月21日(日)曇りのち雨 最高気温27℃ 最低気温22℃ 東風 海上風速13m

「  」内は家内の言葉です。

「7日目 4月18日
 
サル・エインのホテルの窓から
サバラーン山が朝日に照らされて美しい。


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30分程でアルダビルの市内に到着

シェイフ・サフィ・オッディーン廟
 
シェイフ・サフィ・オッディーンは、イランの神秘主義教団(スーフィー教団)から
14世紀前半にアルダビルで起こったサファービー教団の教祖です。
 
教団は、初めはイスラム教スンニ派でしたが、この地域にシーア派が多かったので
次第にシーア派の神秘教団となり、政治集団化していきました。
 
民族的にはクルド系だったようですが、イラン北西部にはトルコ系住民が多かったので
サファービー教団もトルコ化していきます。

その後、軍事力を高め1501年、教団の長であったイスマール1世が
イランのサファーヴィー朝を興し、ティムール朝の衰退に乗じて、
イランを中心とした西アジアの版図を引き継ぎました。

そのイスマール1世がシーア派をイランの国教としたそうです。
 
そういえばトルコのコンヤで知った、セマーという回旋舞踏で
有名なメヴラーナ教団も神秘主義教団の系列です。


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1334年、シェイフ・サフィ・オッディーンが亡くなり、その息子が父の廟を建設。

サファーヴィー朝の時代に増改築が繰り返され、王族や王族に使えた人々も
この敷地内に埋葬されています。
 
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廟の入り口


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廟の中は豪華絢爛、一番奥が教祖の墓

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天井の模様がすごい。 

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こちらは、イスマール1世の棺
 
壁は絵を描いた布を貼っているのだそうです。壁紙?

「磁器の館」
 
廟の横に16世紀に増築された部屋は、
中国の皇帝から贈られた「青花磁器」を
飾るため間
 
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部屋の壁全面が磁器を飾るための飾り棚で
埋め尽くされています。
天井部分は、地震で破損したまま。

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飾り棚は、青と金で装飾されています。
さぞや眩しかったでしょう。

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陶磁器のコレクションが何点か展示してありました。
大部分はロシアが持って行ったとか。


アルダビルを出発してアルボルス山脈を越えて
カスピ海のほうへ向かいます。

今回初めて長いトンネルを通りました。
 
日本だとたいていトンネルが掘ってあり、
そう高くまで登らなくても山を越えられるのですが、
イランに来てから通った道にはひとつもトンネルが
なかったのです。

トンネルを抜けると山の様子が一変。
岩山から草木の茂った緑の山々へ
がらりと雰囲気が違います。

ヘイラン峠で写真ストップ。

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ここは、アゼルバイジャンとの国境です。

手前の緑の草地の山はイラン。
国境フェンスの向こうの木々の多い山は
アゼルバイジャンです。

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野生のアンズやりんごの花が咲き、春ののどかな里山風景です。
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蜂蜜をなど売る露店も多く見られました。

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カラフルな屋根の別荘地帯が広がっていました。
テヘランなどの都会人の別荘地として
開発された地域だそうです。

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しばらく、道路沿いに国境のフェンスが延々と
続くようになりました。

ところどころ、国境警備の監視所がありました。

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山を下ると国境のアスタラという町を通過します。

カスピ海沿岸は、多湿のため緑豊かな地域です。

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この辺りは米作が盛んな地域です。
日本と同じような水田風景が続きます。
苗を育てているビニルトンネルも見えます。

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道沿いにカスピ海が見えるようになりました。

手前はキウイ畑です。

国道沿いのレストランで昼食

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ここも飛び込みで入ったので、料理が出てくるのに時間がかかりました。
料理人になりたかったというガイドのマンスリーさんまで
厨房に入って陣頭指揮をしていました。

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にんにくの酢漬けと種を抜いたオリーブをくるみのペーストで
あえたものをつまみながら料理を待ちます。
ナンと一緒に食べるとなかなかおいしい。

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マンスリーさんが是非これを食べさせたいとチョイスしたのがこれ。
マヒ・セフィードというカスピ海で採れる魚の揚げ焼きです。
大きな丸々半身が一人分でしたが、焼きたて熱々でぺろりと食べてしまいました。
 
昔は、大晦日のみ食べられるご馳走だったとか。

バンダル・アンザリ市内に入って

アンザリ潟
 
カスピ海につながる淡水の入り江。
広さ139k㎡、水深30cm~2m。
12種の魚が生息し、冬には70種の渡り鳥が飛来するそうです。

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ラムサール条約に登録されている貴重な湿原です。
ちなみに、ラムサールはここから150km
東南にある町の名前です。

湿原をこの小船に乗って遊覧します。

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遊覧のはずがものすごいスピードで波しぶきを上げて進みます。
キャーキャーの声に喜んでよけいスピードを上げてしまうので怖いの何の。

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周りの家は、ちょうど舟屋のようになってました。

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葦原に舟を止めて観察。                   白い鳥がたくさん見えました。

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 ゆっくり進んでいるとエメラルドグリーンのカワセミが
横切るのが見えました。
あまりに速く、写真には撮れませんでした。

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カスピ海側の港に出るとたくさんの貨物船。

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大きな客船も見えました。

対岸は軍の施設で軍艦も見えましたが、撮影はできません。

40分ほどの遊覧を終えて、バスに戻りカスピ海の海岸にいきました。

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カスピ海は世界最大の湖(371000k㎡)、ほんとに広い
ロシア、アゼルバイジャン、イラン、トルクメニスタン、
カザフスタンに囲まれた塩湖です。

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実際になめてみるとちっとも塩辛くありません。
後で調べると海の三分の一程度の
塩分濃度なのだそうです。

さらに走ってラシュト空港へ。

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アーセマン航空のプロペラ機にのってテヘランに戻ります。

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ラシュトの町郊外は、水路が縦横に走る湿地帯でした。

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夜、テヘランの街に戻りました。」

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