巨大な自然の前に、危ういな、人の暮らしはー(宮古島)台風18号による被害状況・自宅外編

9月17日(日)晴れ 最高気温30℃ 最低気温27℃ 北西の風のち北風 海上風速15m

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袖山交差点

宮古が暴風圏を脱したかと思われる頃、外に2度出てみた。
以下はその時の様子を撮ったもの。

街に出ても停電中であった。

信号機が作動せず、交通整理をする警察官もいない状況。
各車、互いの動きに注意を払いながら、一つの流れの中で、
進行していた。

この頃、私の狭い経験で言えば
コンビニ、大手スーパー、ガソリンスタンドはほとんど休店。
各1店だけ開店していた所には、駐車場が混雑、満車状態
長蛇の列であった。

(あとで聞くと、平良中心部ではもう少し開店する店が
あったようだが)

空港に立ち寄ると、玄関を飾るブーゲンビレアなどの鉢植えが
転がり、散乱、中は観光客などで一杯、土産店だけが
元気なように見えた。

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所要で出かけた途中の道に、雑木が塞ぎ
隙間を狙って、進行する。


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ここでは、路上、全てを覆い、完全シャットアウト。
すごすごとUターンせざるを得なかった。


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サトウキビは軒並み倒れ、


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最近、植えたであろう夏植えのキビが冠水。

市はキビ被害5億7000万円と計上、2011年(台風2号)に
次ぐ大きな被害としている。(地元紙)

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16日撮影

このように大木の倒壊や、切り裂かれ、折れ曲がった木々は
随処に見られた。


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「琉球新報」様よりお借りしました。

13日暴風雨渦中の写真。

私は自宅に引きこもっていたが、
外ではひどいことになっていた。

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他に軽自動車が横転する画像なども拝見した。


大きな自然の力の前には人工的な物はなされるがままだ。

3日間停電を経験した。冷蔵庫、レンジ類、テレビ、パソコン、クーラ、風呂など
電力に依存する機器はすべて使えず、携帯のバッテリの減り具合も気にしながら
夜はわずかな明かりを頼りに、闇の中を過ごした3日間であった。

私たちの生活が電力に支えられている事を改めて
認識させられたと同時にその脆弱さも感じられた。

嘆いていても何も産まれない。

どんな状況になろうとも、いかに冷静に、その時々を楽しく過ごすことが
できるか、考えさせてくれた3日間でもあった。

6人共同で始めたローゼル畑も壊滅

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6人共同で始めたローゼル栽培。
壊滅状態。


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昨日、複数の人間で、根元に土を掛けたり灌水を
したりした。

今後の生長が危ぶまれるが、ローゼルの自然生命力に
望みをかけて、栽培努力は続けて行こうと考えている。


記事関連

花の彩りがすべてなくなったー(宮古島)台風18号による被害状況・自宅編

http://1120kura.at.webry.info/201709/article_9.html




この記事へのコメント

ひーちゃん
2017年09月17日 16:53
Kuraさんの所も、三日間も停電だったのですね。
電気のない生活なんて、考えただけでもゾっとします。
水道は使えたのですか?

スーパーは閉まっていて、食材が調達できないわ、
仮に、買えたとしても、冷蔵庫が使えないので、ストックが
出来ないわで、島のみなさんは、かなりサバイバルな生活を
強いられたことと思います。

台風の間、観光客はホテルに缶詰め状態だったそうです。

サトウキビの被害は相当なものだったのですね?
すごくショックです。

Kuraさん家の野菜や植物を始めとする、島中の植物が、早く
復活してくれますように・・・。






kura
2017年09月17日 19:17
ひーちゃん、こんばんは

3日間、停電でした。停電から開放された時は正直
ホッとしましたよ。
水道、ガス(プロパン)は使えたので煮炊きに不自由は
しなかったのですが、情報が全く無かったので、その点
弱りました。日頃、情報はテレビやネットに依存して
いますからね。
かっての巨大台風で2,3週間の停電に耐えた宮古人を
尊敬したくなりました(笑)

先程、行った大手スーパでも、牛乳などドリンク類、冷凍食品などなど
ほとんど無しでガラガラ、台風による後遺症が続いています。

サバイバル、いい言葉ですね、文明に依存しすぎる
我々への警句(?)になりますかね。

今回の台風は久しぶりにすごいものでしたが
反面、庭の花木も剪定出来たし、良い面も
ありました。海もきれいになったでしょうしね。

何事もプラスマイナス2面あるということでしょうか。
もっとも、今回のような暴風雨台風はこれっきりに
してほしいが正直な感想です。



ひーちゃん
2017年09月18日 13:23
Kuraさんのお宅は、水道が使えたようで安心しました。
しかし、集合住宅の場合は、ポンプで汲み上げていますので、
電気が止まったら、使えなくなってしまうと思います。

でも、水道とガスが使えても、肝心な食材が手に入らなければ、
食べるに食べれませんよね?
缶詰やレトルト食品、常備野菜などで我慢されたのでしょうね。
生鮮食料品は、もうスーパーで普通に買えるようになりましたか?

情報はラジオから得ることは出来なかったのですか?
ラジオ局のアンテナが壊れて、電波が届かないとか・・・?
あるいは、今時、ラジオを持っている人自体が少ないとか・・・。

kuraさんを始めとする、島のみなさんは、キャンプより過酷な
三日間を過ごされたかと思いますが、よく耐えられましたね。
本当にスゴイと思います。
キャンプでさえ、今は電気は普通に使えますからね(笑)

昔の人は、2~3週間も電気なしで過ごされたとは、もう
想像さえも出来ません(笑)

内地であれば、何かあっても、道路が寸断されない限りは、
緊急物資がすぐに届きますが、離島では物の調達にも時間が
かかるので、今回のご苦労は相当なものだったと思います。

台風18号は、内地でも大きな爪痕を残して行きましたが、昨晩は
風がすごくて眠れませんでした。
TVで速報を見ていたら、名古屋でも停電したくらいなんですよ。
幸いにも、我が家はセーフだったので良かったです。

kuraさんは、しばらくの間は、片付けや畑のことで大変だとは
思いますが、あまり無理をせず、マイペースでおやりになって
下さいね。
kura
2017年09月18日 14:59
ひーちゃん、こんにちは

今朝、大手スーパに行ったら、牛乳など、これまでなかった
物がすべて店頭に並び、やっと、今日から普段通りの生活に
戻ったなの印象を受けました。

停電中はエビ取りで使ったヘッドライトを頭につけ
カンテラのような電燈、懐中電灯の明かりを頼りに
調理していました。

冷凍していた肉を使って焼きそばを作ったり、
素麺を作ったりの簡単なもので、しのいでいました。

ラジオ付きCDカセットは持っているのですが
電波状況が悪く、ほとんど聞き取れない状態。
全く頼りになりませんでした。

キャンプにはよく行きましたが、今は電気が
普通に使えるのですね。当時は何を使っていたのかな、
ろうそくとか懐中電灯とかでした、確か。

今から十数年前、台風14号の襲来で、停電が
2,3週間続いたと宮古の人間から聞きました。
それを聞き、よう生きていられたなと笑ったものです。

仰る通り、離島の悲しさ、物資を島外に頼っています。
店員さんの話だと、昨夜、やっと、宮古に届いたようです。

愛知のご自宅は無事だったようでよかったですね。
それでも風音で眠れなかったとか。
ちなみに、台風慣れした私は余程の暴風でない限り
今は大丈夫ですが、移住まもなくの頃は怖い感じが
しました。

後片付けは当分続きます。今日は、ノコギリで
太枝を切り落としたりしていました。
ここ2年ほど、台風らしい台風が来ていないので
植物が伸び放題。
気持ちとしては畑や庭の再構築の気持ちで
ぼちぼちやっていこうと思っています。





ひーちゃん
2017年09月23日 09:52
今回の台風で、Kuraさんが、どうやって電気のない生活を
送られたのかを知り、ただただ驚きました。

内地は、台風より、いつ来るかも分からない大地震
の関心の方が高いので、どんな物が家にあると便利で、
それを使って、どう数日間を過ごしたらいいのか、
とても勉強になりました。

防災マニュアルを見ると、「最低でも、三日間の水と非常食
を用意しておきましょう」とか「ラジオや懐中電灯などの
防災グッズをリュックサックに入れて、ひとまとめにして
おきましょう」等が書いてあります。

以前、ペットボトルの水や食料品は、手元に置いていましたが、
水は重いので、途中から止めてしまいました。
正直、「何かあれば、緊急物資がすぐに届くから大丈夫だろう」との
甘えもあるからです。

しかし、今回、kuraさんから、不便な生活を送られた話を聞いて、
改めて、ちょっと考えてみようかなぁ~と思っています。

台風14号とは、風力発電所のプロペラが折れた時のことでしょうか?
実は、あの時、那覇と宮古に行きましたが、とにかくすごかった
ことだけは覚えています。

ホテルに泊まっていたので、電気は普通に使えたのですが、
一般家庭では2~3週間も止まっていたのですか?
そこまで来たら、もう想像さえも出来ません!
島人は本当にたくましいですね。

台風後の生活のことで、いろいろと教えていただき、
ありがとうございました。

kuraさんの前向きな考えと行動力は、私も見習わなければ・・・
と思っています。
kura
2017年09月23日 11:01
ひーちゃん、おはようございます
 
内地は地震が怖いですね。予告なしにいきなり
来るのですから。亡くなった方の数も多いです。

宮古はその点、地震はほとんどなく、(私の記憶に
よれば、この10年近くの間に震度3程度のものが1回
来たかなぐらいの印象です)今回の台風でも亡くなった方
は0人ですから、内地の大雨、津波等などの自然災害に比べれば
天国のような島です。

防災グッズは用意していません。相手は暴風雨だけですから。
地面が崩れたり、建物(鉄筋ですから)が倒壊したりする危険は感じていませんが
かって1771年に巨大津波に襲われた島ですから、油断は
出来ないと思いますが。

台風14号の時、宮古にいらっしゃたんですね。
風力発電が損傷し、電柱が800本以上倒壊した
まれに見る猛烈台風。
その折、電気が普通に使えるホテルとは
東急のことですかね。
それにしてもすごい体験をされましたね。

停電の復旧は空港や宮古病院など概して
街が早く、田舎に行くほど遅いようです。
今回は保良が最後とのことでした。







ひーちゃん
2017年09月24日 09:27
失礼いたしました。
台風14号の情報を見たところ、幸いにも、私が宮古に行った時とは
違っていましたので、訂正しますね。

宮古に行った年は忘れてしまいましたが、10年以上前で、
日にちが、8月上旬だったことだけは、確実に覚えています。
当時は、沖縄の天気や台風のことに無関心だったので、
今、改めて考えてみると、大変、無謀な旅行でした。

那覇→宮古便が欠航したため、急きょ、那覇でホテルを
予約して、国際通りを歩いてみましたが、強風のため、
歩くのが精一杯。
私の真横で、地元のTV局のアナウンサーが強風の様子を
レポートしていたので、命の危険を感じて、慌ててホテルに
駆け込みました。

翌日も宮古便の飛行機は出ず、ただ、ひたすら空港で飛行機が
飛ぶのをずっと待っていました。
ようやく宮古に到着したものの、その夜は風と雨がすごくて、
泊まったホテル(アトール)の外壁には、巨大なネットが
掛けられていたことを未だに鮮明に覚えています。

台風が過ぎ去った翌日は、夫の誕生日だったので、「郷家」
でライブと料理を楽しみましたが、海で遊ぶことも出来ず、
少しドライブをして帰って来ただけです(笑)
その時に、風力発電所のプロペラが折れたのを見て、その威力の
すごさに驚愕しました。

宮古は石灰岩で出来た島なので、地盤が固く、地震には
強いみたいですね。なので、大きな地震が起こった時は、
むしろ津波の方が心配かもしれません。

電気の復旧は、市役所、病院、交通網が最優先されるので、
どうしても島の端の方は遅くなってしまうのは、やむを得ないの
かもしれませんね。
ひーちゃん
2017年09月24日 09:27
数年前、西平安崎にいる宮古馬を見に行った時、たまたま先客が
いたので、話し掛けたら、その方は沖電の方で、「停電の復旧作業の
ために本島から来た」と言っていました。
その時、沖縄の離島では、停電になると、本島からも沖電の人が
来て、復旧作業を手伝うのだという事を初めて知りました。

この前の停電の時も、島人はもちろん大変な思いをされたとは
思いますが、本島からも沖電の職員が来て、昼夜を通して全力で
復旧作業にあたられたんじゃないかと、ふと、そんな思いが頭を
よぎりました。
kura
2017年09月24日 13:21
ひーちゃん、こんにちは

10年以上前の宮古への旅は大変でしたね。
那覇で長時間、足止めを食った時のご心境は
いかがだったのかと考えます。
不安な時間を過ごされたと思います。

宮古に来られても、風雨強く、海遊びも
ままならぬ状態。

時々、強風大雨の中を「わ」ナンバーや「れ」ナンバー
の車が疾走する光景を見て、その運の悪さを気の毒に思います。

それ以上に、観光客の「折角、宮古に来たのだから」の、はやる気持ち
でしょうか、台風が去った後の荒波にさらわれる等で、2年前、渡口の浜で3名
3年前、砂山ビーチで4名、そして今年は、伊良部、前浜ビーチで2名、亡くなっています。
特に、台風前後の海は怖いですね。

停電の復旧の最後は保良。救急車の到着時間も15分(今日の「救命講習会」での話)と島内で池間と並んで一番遅い。私の住まいする地域も保良に近いので、生活や生命に関わる部分では最悪、過疎地です。(笑)

今回の停電の復旧には本島や八重山からの応援も加わり、100人体制で
行われたようです。(地元紙)

流石に私も停電3日目に沖縄電力に今後の見通しを
尋ねてみました。「ヘタをすれば今夜遅く」のご返事
でした。

携帯に沖電の電話番号を入力していたので、問い合わせも
出来ました。
改めて、他の必要な施設も入力しておきたいなと
思いました。


ひーちゃん
2017年09月24日 13:59
内地と沖縄では、天気予報も違います。
沖縄の天気予報は、内地のTVでは全く流れないので、あの時は、
それが盲点だったと思います。

あれからは、多少、沖縄の天気について知識がついたので、
今だったら、あの台風であれば、絶対に行きません!(笑)

先日の台風で、宮古が三日間も停電だったことは、内地のTVでは
報道されていないので、ほとんどの人が知らないはずです。
なので、各放送局も、もう少し全国ネットで流してほしかったです。
九州の被害が多く報道されていました。

何日も電気が使えなければ、電話で確認したくなる気持ちも分かります。
でも、私ならしないかもしれません。
沖電の人は、きっと電話の応対だけでも大変でしょうから・・・。

とにかくお疲れさまでございました。今期はもう台風は懲り懲りですね。



ので、
kura
2017年09月24日 14:40
ひーちゃんへ

停電被害地はどこもそうだと思うのですが
情報が全く得られない事が1番きつい事の
一つでしょう。
私の場合、光が射さない闇の中を彷徨している気分でいる時もありました。

内地から伝わる通り一遍の情報でも嬉しかったです。

沖電の方には大変丁寧に応対して頂きました。
ご迷惑をおかけして申し訳ないと繰り返し
おっしゃっていました、
問い合わせに答える専属の方がいたのかもしれません。

今回の長期にわたる停電台風はゴメンですが
適度な台風(?)の雨と風なら、農家の方は「恵みの雨」と
喜ぶし、温暖化でサンゴが死滅する事を憂うる
方なら、海がきれいになると喜ぶでしょう。
それまで宮古は地下ダムや水源地の水量を心配せざるを得ない
干ばつ状態でしたから。

いずれまた、大きな台風がやってきます。
それに耐えうる精神と、上手な過ごし方を
考えたいと思っています。






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