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zoom RSS 家内、「古代エグナティア街道」の旅に行くAー「アポロニア遺跡」、マケドニアまで

<<   作成日時 : 2018/11/09 11:28   >>

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11月9日(金)曇りのち晴れ 最高気温 27℃ 最低気温23℃ 東風のち北東の風 海上風速10m

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「アポロニア遺跡」→地図上左端真ん中あたり(赤線下)に表記されている。

3日目
 
今日は、南下してフィエルという町の近くにある
アポロニア遺跡を見に行きます。

道路際にポコポコと丸いコンクリートの塊のようなものが目につきました。


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トーチカです。
1960年,70年代に多く作られ全部で60万個もあったといわれます。
鎖国政策をとった当時のアルバニアでは、周囲が全部が敵ということで
国民全員に銃を配布し毎日のように夜訓練を行っていたそうです。


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結局使われることはなかったそうですが、
今でもいたるところに残っています。

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道路沿いの商店。
店の外いっぱいに商品が丁寧に並べてあります。
雨が降ったらなんて心配しないのでしょうか?


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鉄道が敷かれています。
走っているのは見かけなかったのですが、
機関車が停まっているので
使われているのでしょう。


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村に入ると、少年たちが愛想よく手を振ってくれます。


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一見何にもないように見えるこの丘一帯が遺跡公園です。

アポロニア遺跡
 
イリュリア人が住んでいた地に紀元前6世紀
ギリシャのコリントからの植民者などによって
町が建設されました。

アドリア海から約14q、アポロニアは
アウス川の川岸にある港町として発展。

紀元前3世紀のローマ時代には貿易地として
デュラスとともに北部ギリシャを結ぶ重要な町
となりました。

エグナティア街道の西の起点でもありました。
紀元前2世紀にはアカデミアも作られ、
のちの初代皇帝アウグストゥスとなる
オクタヴィアヌスもここで学んだと
いわれています。

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3世紀の地震により川の流れが変ったことなどから町は衰退。
現在の遺跡はわずか10%程度しか発掘されてないそうです。


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アゴノテテスの記念館
評議会が開かれていたところ


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オデオン(音楽堂)
舞台や貴賓席、観客席があり、音楽劇やリサイタル、
演説や哲学の議論などがされていたとか。

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フォンタナ(公共水道)だったかな、


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図書館と列柱廟


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高級住宅後、モザイク画があるそうですが
砂で覆われていて見えませんでした。


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ずいぶん高い丘の上にあることがわかります。


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丘の中腹まで戻ったところにある聖マリア修道院
11世紀に造られたもの


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修道院の回廊には遺跡で発掘された
石像が並んでいます。


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同じく聖マリア教会
一廓に博物館が作られていました。


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陶器や生活用具が展示してありました。


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そろそろお昼過ぎ。
ずいぶん歩いて疲れたうえ
お腹が減ってきているのに、
現地ガイドさんは、もう一度
丘の上まで登ってレストランに
案内するというのです。


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遺跡の横をさらに上に登ってレストラン到着。


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テラス席は風が通って気持ちいいのですが、
この屋根はちょっとね。


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野菜サラダと焼き野菜。

添えてあるオリーブオイルがかかった
ヨーグルトがおいしかったです。
このほかにフライドポテトも出てきました。


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ポテトチキンのグリル入りピラフ、とってもおいしかったのですが
なんとも量の多いこと。

デザートのフルーツにはシナモンがかかっていました。

マケドニアまで

午後からは、主にエグナティア街道だったところに沿って
マケドニアまでロングドライブです。


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車窓からの風景
トウモロコシ畑が多かったです。


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今は使われていない社会主義時代の製鉄所。


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途中ガソリンスタンドでトイレ休憩。


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おまわりさんの取り締まり風景


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だんだん高い山が迫ってきました。


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谷あいを進むバス。
古代の道もこんなところを通っていたのでしょうか。

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道路に沿ってずっと鉄道が見えていました。

立派なトンネルや、陸橋が続いているので聞いてみると
鉄鉱石を運ぶための鉄道で、今は使われずに
放置してあるそうです。


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高い山道を登った先に


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マケドニアとの国境にあるオフリド湖が見えてきました。
対岸は、マケドニアです。


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アルバニア側の出国ゲートです。
みんなのパスポートを集めて一括して審査してくれました。
私たちは、バスを降りることなく通ることができました。


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こちらは、マケドニアの入国ゲート
ここも一括で済んだので30分ほどで
国境通過しました。

一日の走行距離約260q走って、
オフリドのホテルに6時ごろ到着。


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マケドニアのビール。チーズがちょんと乗ったそっけないサラダ


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メインはマケドニアの名物料理ブレスカヴィッツァ(バルカン風ハンバーグ)
ぼそぼそとして固かったです。

デザートはアイスクリーム。

マケドニアに入ってとっても寒かったので
うれしくありませんでした。

(感想)

1960年,70年代の、アルバニア鎖国時代では、
”他国がすべて敵”の方針も下、民衆は銃を
持ち、夜な夜な戦闘訓練に明け暮れていた
そうな。

不安と恐怖の長い時代を生き抜いてきた
ようだ。

対立は個人のレベルでも、国のレベルでも幸福を生まない。
目下の国際間の関係も融和の方向で
知恵を振り絞ってもらいたいものだが、なかなか
難しいようだ。。

(記事関連)

家内、「古代エグナティア街道」の旅に行く@ー現在のアルバニア、マケドニア共和国、ギリシャ、トルコ

https://1120kura.at.webry.info/201811/article_5.html













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