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zoom RSS 家内、「古代エグナティア街道」の旅に行くCーマケドニア共和国からギリシャへ

<<   作成日時 : 2018/12/02 11:34   >>

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12月2日(日)晴れのち曇り 最高気温27℃ 最低気温22℃ 東風のち南東の風 海上風速9m
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5日目

「Wikipedia」より引用(長文です)

旧ユーゴスラビアだったマケドニアは、
古代マケドニアからローマ帝国、ビザンティン帝国、ブルガリア王国
そして再びビザンティン帝国,更にオスマントルコと次々に
支配者が変わりました。

20世紀にはバルカン戦争で領土は分割され、
ユーゴスラビア連邦に組み込まれます。

1991年にユーゴスラヴィアが解体。
住民投票を経て独立し、国名を
マケドニアとしました。

しかし、国名については隣国との軋轢が続いていました。

「マケドニア共和国」は、地理的には
マケドニアと呼ばれてきた地域の北西部にあり、

マケドニア共和国はマケドニア地域全体の約4割を占めている。

残りの約5割はギリシャに、約1割はブルガリアに属している。

また歴史上、マケドニア共和国の多数民族は
マケドニア人と自称・他称されるが、

彼らはスラヴ語の話し手で
南スラヴ人の一派であり、

ギリシャ系の言語を話していたと考えられる古代
マケドニア王国の人々と直接の連続性はない。

これらの理由から、ギリシャがマケドニアという国名を拒否し、
同国との間で激しい国名論争(マケドニア呼称問題)が
生じている。

2018年6月にはマケドニア共和国が
北マケドニア共和国の国名を
使用することで両国の政府間
合意が成立したが、

それぞれの国内で合意内容を承認するための
手続きを要することから、正式な改名に
は至っていない


今日は、オフリドから東45kmにあるビトラに向かいます。

ヘラクレア遺跡

ビトラは紀元前4世紀アレクサンドロス大王の父、
フィリッポス2世が建設した町です。

当時の名前はヘラクレア・リンケスティス

町の南に位置する遺跡の見学です。

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現在発掘されているのは全体の3分の1程度だそうです。

紀元前2世紀にローマ支配の後、ローマ都市に変えられ、

現在見られるのは4〜6世紀後期ローマ、
ビザンティン時代のものだそうです。

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劇場

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浴場


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大バジリカ(教会)に残るモザイク画

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32色の石を使ったきれいなものでした。

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ビトラの町散策

マケドニア第2の町だそうです。

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メインストリートのシロク・ソカク通りを歩きます。


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こじんまりとした街で、のどかです。


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バルカン初の映画を撮ったというマナキ兄弟の像


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中央広場にはフィリップ2世の像

後ろには1550年代に建てられたイシバイモスクがあります。

町のレストランで昼食

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ポークメタリオンマッシュルームソースとマケドニア風サラダ

ポークカツレツにマッシュルームソースがかけてあり
とってもおいしいものでした。

ビトラ郊外は第一次大戦の激戦区だったそうで

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この丘の麓はユダヤ人墓地なんだそうです。

ビトラからさらに北東の内陸部に向かいます。


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プリレブの町は高級たばこの栽培で有名だそうで
延々とたばこ畑が広がっていました。


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乾燥小屋も並んでいました。

プレトバ山

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良質の大理石が採掘されているようです。


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峠越えの後は谷間に沿って道はつづきます。

ベレスの町近くなるとブドウ畑が広がるようになりました。


ストビ遺跡
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マケドニア共和国に残るローマ遺跡の中でも
最も重要かつ大規模なものだそうです。


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街を築いたのは紀元前2世紀のマケドニア王フィリップス5世。

アレクサンドロス大王の死後、分裂したマケドニアの末期の王です。

マケドニアが滅亡するとローマ帝国の支配下に入り、

ローマ時代にはエグナティア街道の拠点として、繁栄しました。



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劇場7500人収容



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4世紀ごろのバジリカと洗礼堂


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ここのモザイク画とても美しかったです。

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聖なる道。ヘラクレア門とサクラ門の後

エグナティア街道とつながっていたそうです。

若い女性のガイドさんが丁寧に案内してくれます。


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広い遺跡を歩きながら1時間半。

ずいぶん疲れて説明も聞く元気がありませんでした。


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宮殿跡や邸宅、公共の水飲み場、公衆浴場,図書館、カジノ

イシス女神の神殿跡などなど見ましたが、写真は省略。


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ずいぶん大きな街だったことはよくわかりました。

これで全体の20%程度の発掘だそうです。

まだ行ってない方を見るとまだまだ広がっています。

遺跡をまたいで高速道路が作られていました。


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見学後は、高速道路を通って国境越え。

ギリシャのテッサロニキに向かいます。

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17時25分マケドニア共和国の出国ゲート到着

17時50分ギリシャの入国ゲートを通ります。

時差がプラス1時間

ギリシャの時刻では18時50分になります。


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20時過ぎようやくテッサロニキのホテル到着

ホテルでの夕食

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ビールの銘柄はミソス、ギリシャ語で伝説を意味するそうです。

メゼ(前菜)はチーズとハムが入ったクレープ


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グリーンサラダと         チキンのグリル

ちょっと焼き過ぎの感はありますがスパイスが効いておいしかったです。


(記事関連)

家内、「古代エグナティア街道」の旅に行く@ー現在のアルバニア、マケドニア共和国、ギリシャ、トルコ

https://1120kura.at.webry.info/201811/article_5.html

家内、「古代エグナティア街道」の旅に行くAー「アポロニア遺跡」、マケドニアまで

https://1120kura.at.webry.info/201811/article_6.html

家内、「古代エグナティア街道」の旅に行くBーマケドニアの街「オフリド」終日滞在

https://1120kura.at.webry.info/201811/article_9.html

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