家内、「古代エグナティア街道」の旅に行く⑦ークサンティからトルコ入国まで

12月28日(金)雨のち曇り 最高気温19℃ 最低気温18℃ 北東の風 海上風速16m

7日目

クサンティを出発しさらにトルコ方面に進みます。

旅の行程では、トライアノポリスの見学の予定
だったのですが、閉鎖になっているとのことで、
急遽違う遺跡の見学となりました。

ズオニ遺跡
 
紀元前7世紀サモトラケ島からの人々により
植民市ズオニが建設されました。

サモトラケ島といえば、ルーブル美術館に収蔵
されているニケの像が発見された島です。
 
ズオニとは帯の意味で山が町を囲んでいることから
名付けられたそうです。
 
アレクサンダー大王死後のマケドニア、ローマなどの支配地となった後、
2世紀にはトライアノポリスの町が建設され、商業の中心が変ったほか、
4世紀にはキリスト教が国教となった後テオドシウス1世による神殿
破壊などにより人々は次第に町を離れ衰退したそうです。

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海沿いの地にあり、はるか沖にサモトラケ島が見えるところです。。

入口には古代エグナティア街道の地図がありました。

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※クリックすれば拡大します。

左の赤□がズオニ遺跡、真ん中が現在の新しい都市アレクサンドロポリ
右の赤□がトライアノポリスです。

アポロンの神域
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神殿などがあったようですが瓦礫のままです。

市壁に囲まれて住居群があったようです。

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面白かったのは、この壺の並んだところ

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海沿いの湿気から住居を守るため
壺を埋め込んだ高床形式にしていたのだそうです。

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ワインを作っていたところ
 
この石の上でブドウを踏んでつぶし
ジュースにしたそうです。
 
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陶器を焼いた窯の跡

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誰もいないがらんとした遺跡ですが、青い海と空に
囲まれ気持ちよく見学できました。


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トライアノポリス
 
古代エグナティア街道の要衝にあり、52度の源泉が
今でも流れているところです。
古代テンピラ(泉の意)と呼ばれていました。

2世紀トライアヌス帝が戦略の拠点として築いた町。
15世紀からのトルコ時代には温泉施設と宿泊所が
作られました。

閉鎖されて中に入れないので周りを
バスの中から眺めただけです。

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アレクサンドロポリの町で昼食。
 
レストランと魚屋さんが向かい合って並んでいました。

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たくさんの魚が並んでいました。

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大きなヒラメ

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スズキ、かわいらしいエイ

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烏賊やタコ

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イワシもたくさん
新鮮な魚がずらりと並んでいました。

私たちのメニュー

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サーモンのグリルとカラマリ(烏賊)フライ、
とってもおいしかったのですが
食べきれませんでした。

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この店は、テイクアウトもできるようで
おいしそうな料理がずらりと並んでいました。 

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見るだけでおいしそう

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ひっきりなしにお客さんが来ていました。

アレクサンドロポリはトルコ国境から14・5㎞西に位置し
トルコの首都イスタンブールとは鉄道でつながっています。

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ロシア人が支配していた1877年前後に町は整備され
1919年よりアレクサンダー大王の町という意味の
アレクサンドロポリと呼ばれるようになった新しい街です。

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ギリシャの出国ゲートを通り

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トルコの入国ゲートを通って国境越え

トルコに入るとエグナティア街道から離れ北上してエディルネに向かいました。
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農業大国トルコらしく延々と広大な畑が広がります。

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夕方エディルネの町に到着
 
ホテルでの夕食

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チキンのケバブ、デザートはバクラバ甘いですが、ビスタチオがたくさんでおいしかったです。

エディルネの町は以前のトルコ旅行の時に昼間に来たことがあるのですが、
夜の雰囲気を知らないので、食事後に出かけることにしていました。
一人ではちょっと心配なので何人か誘って5人くらいで出かけました。

ライトアップされたセリミエ・ジャミイ

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エスキ・ジャミイ

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夜空に照らし出されるミナレットが幻想的で美しかったです。

(記事関連)

家内、「古代エグナティア街道」の旅に行く①ー現在のアルバニア、マケドニア共和国、ギリシャ、トルコ

https://1120kura.at.webry.info/201811/article_5.html

家内、「古代エグナティア街道」の旅に行く②ー「アポロニア遺跡」、マケドニアまで

https://1120kura.at.webry.info/201811/article_6.html

家内、「古代エグナティア街道」の旅に行く③ーマケドニアの街「オフリド」終日滞在

https://1120kura.at.webry.info/201811/article_9.html

家内、「古代エグナティア街道」の旅に行く④ーマケドニア共和国からギリシャへ

https://1120kura.at.webry.info/201812/article_1.html

家内、「古代エグナティア街道」の旅に行く⑤テッサロニキの観光(1)

https://1120kura.at.webry.info/201812/article_6.html

家内、「古代エグナティア街道」の旅に行く⑤テッサロニキの観光(2)

https://1120kura.at.webry.info/201812/article_8.html

家内、「古代エグナティア街道」の旅に行く⑥ーテッサロニキからトルコに向けて

https://1120kura.at.webry.info/201812/article_9.html

この記事へのコメント

沖縄原
2018年12月30日 15:44
エグナティア街道の全長は約1,200㎞とか!
とうとうイスタンブールにたどり着きましたね。

それにしても素焼きの壺を床下に埋めて湿度の調整をしていたのには驚きです。
また葡萄を潰していた所陶器を焼いた窯の跡など、古代の人達の日々の営みが想像でき興味深いです。

アレクサンドロポリの魚屋で売られている魚や美味しそうなお惣菜の数々は食いしん坊の私にはとても魅力的です!

次はどちらに行かれるのでしょうか。
奥さまの旅行記はいつも参考にさせていただいております。
これからもとても楽しみです!
kura
2018年12月30日 17:58
沖縄原さん、こんばんは

家内の旅行記、細かく読んでいただき、ありがとうございます。

家内はその土地の歴史など、読んでくださる方に理解していただこうと
一心に説明しています。

そんな長文、その方面に関心を持つ人以外読まないよと
言っているのですが、本人は納得できないようで、ダラダラ
書いています。まぁ、それで満足なら仕方がないかと
今は放っています。

今日、次の原稿を送ってきました。
予告編になりますが、エディルネでのモスク、隊商宿、レストラン、イスタンブールでの昼食メニューや観光、国立考古学博物館や古代オリエント博物館のことなど
書き連ねています。

明日、発信する予定ですので、良ければ読んでやってください。





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