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zoom RSS 家内、インドを旅するG(最終回)ーデリー観光

<<   作成日時 : 2019/04/05 08:10   >>

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4月5日(金)雨のち曇り 最高気温24℃  最低気温21℃ 南風のち北風 海上風速15m

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「平凡社地図出版」様よりお借りしました

※「デリー」と「ニューデリー」と「オールドデリー」の違い

「デリー」という、どこの州にも属していない行政直轄区があり、それがインドの首都デリーなのです。
そして、そのデリーの中にあるエリアのひとつが、「ニューデリー」と呼ばれています。

「ニューデリー」はデリーの中でも、イギリスの都市計画を基にした地区と、
その南に広がる比較的新しい地区を言います。

「住む」という事に関して言えば、ニューデリーエリアは
あえて東京にたとえるのならば、世田谷といった感じかもしれません。
つまり、ある程度以上の経済レベルの人が住む高級住宅地に当たります。

といっても、ところどころに低級住宅地やスラムもありますし庶民的なエリアもありますが、
やはりデリー全体と比較すれば、お金持ちエリアです。

それに反して、「オールドデリー」と呼ばれる旧市街エリアは、まさに庶民の街。
おびただしい数の人がひしめきあって暮らす、歴史の古いエリアです。

ここでまた、あえて無理矢理に東京にたとえるならば、浅草でしょうか。
(あくまでも無理矢理に例えているだけであって、実際はインドという国と
日本は、同じ定規では比べようがありませんが・・・)。←「地球の歩き方」


以下は家内の言葉です。

『9日目
 
今日は、高速道路を通ってデリーに戻ります。
新しい道路で牛も入ってこないそうです。

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サービスエリアもありました。
お祈りをしているような集団を見かけました。
昨日、カシミール地方でテロが発生。
軍隊のバスに爆弾を積んだパキスタンの車が突入。
軍人が45名死亡したそうです。
亡くなった兵士たちに哀悼の意を表しているのだそうです。

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デリーに近づくにつれて建設中の高層マンションが目立ちだしました。

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オールドデリーと呼ばれる、旧市街に入ると
雑多な雰囲気が色濃くなってきます。


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 横道に入ると自転車のリクシャーが目立ちます。
手前は、客を乗せるもの。 
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荷車型のリクシャー
たくさんの荷物を積んで走るので大抵後押しをする人が一緒に走っています。
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牛車も見かけました。
人の力に比べると、牛の力はすごい。
たくさんの荷物と人を二人も載せて引っ張っています。
インドで初めて働く牛を見ました。
田舎では、道端で寝そべってるかうろうろしている牛しか見なかったので。

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交差点は様々な車で大渋滞です。

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レッド・フォート(ラール・キラー)
 
ムガール帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンは、アグラからデリーに都を戻し
新たに自らの名を冠した都城を造営。
これが現在のオールドデりーで、その中心レッド・フォート「赤い砦」は
1639年〜48年に建設されました。

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ラホール門をくぐって中に入ります。
ちなみにラホールは現在はパキスタン領ですが、
かつてはムガル帝国下の要衝であったところです。
ラホールへと続く道がここからはじまっていたとか、
カシミール地方でのパキスタンとの緊張が続いていることを思うと複雑です。

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門をくぐると土産物屋が並ぶアーケードがあります。

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ディーワーネ・カース(貴賓謁見の間)
 白大理石で作られています。

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内部の細かな装飾が見事です。
 
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ディーワーネ・アーム(一般謁見の間)にある玉座
かつては、ルビーやサファイヤ、エメラルドなどの宝石がはめ込まれていたそうです。

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外に出るとチャンドニー・チョウクという大通りです。
旧市街のメインストリートといったところで、たくさんの寺院も並んでいます。
手前のピンク色の塔はジャイナ教の寺院、奥の白い塔はスィク教の寺院のものです。

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学校帰りの少年3人と物売りの少年。

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アグラセン・キ・バオリ
バオリとは井戸の周囲を構造物で囲った階段井戸の事です。

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これは14世紀に造られたもので、長さ60m、幅15m
108段の階段を下ると井戸に至るそうです。 
 
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フマユーン廟
 ムガル帝国第2代皇帝のフマユーンの廟です。
1565年にその妃が建造させたもの。

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インド・イスラム建築の傑作とされるもので、
後のタージ・マハルは、この建築の影響を受けて建てられたそうです。

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中央の大理石のドーム、周りのブルーのタイルで彩られた小屋根
赤砂岩と大理石の組み合わせ壁がとてもきれいでした。


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またまた大渋滞の道路を通って最後の観光場所へ移動します。
車の間をたくさんの物売りの人が行きかいます。
この少年は学校に入ってないのかなあ。

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風船売りの女の子たち

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子供を抱いて物乞いをする母親。
この人たちは、道路沿いの緑地帯で路上生活をしているのだそうです。

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クトゥブ・ミナール
 インド最初のイスラム王朝である奴隷王朝(1206〜1290)のスルタン、
クトゥブッディーン・アイバクが、ヒンドゥー教徒に対する勝利を記念して
建てたものです。

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塔の高さは72,5m。5層からなり、直径は基部が14,3m
頂部は2,7mと上部に行くに従って細くなっています。
コーランの章句をづ案化したものが刻まれています。
 
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ミナールのすぐ脇にはアイバクが1188年に建設したインド最古のモスクがあります。

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破壊されたヒンドゥー寺院やジャイナ寺院の石材を使って造られたそうで
彫刻の跡が残っています。
回廊の柱は、ジャイナ教の寺院で見たものと似ています。
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はじめは、漆喰で塗り固められていましたが
それが剥がれ落ちて元の石材彫刻が現れているのだそうです。
イスラムのモスクにはない女神像までありました。
これは、ヒンドゥー寺院のものだったのでしょう。
 
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無事すべてのデリー観光が終わり、最後の夕食。

タンドリーチキン
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野菜のカレー煮込み
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チキンカレーと          ダル(豆)カレー
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デリーの空港から香港経由で帰国です。

インドの旅は、建築物や遺跡見学も興味深かったですが
インドに住む人たちの様々なありようを目にしていろいろ考えさせられる旅でした。』

本稿が家内のインド旅行記の最終回となりました。
最後までお読みいただきありがとうございました。

(記事関連)

家内、インドを旅する@−ムンバイの町の観光

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