七又地区の水汲みは命がけの作業であったようだー家内と散歩  今日(1/23)の夕焼け

1月23日(木)晴れ 最高気温25℃ 最低気温19℃ 南風 海上風速7m

DSCF3552.JPG出発地点辺り。

昨日は4回目の散歩。
空が晴れ渡り、散歩には気持ちがよい。

風車がゆったり回っていた。
風が当たり、かすかに、その音が聞こえていた。

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まもなく「七又のミーマガー」の案内道標。
「ガー」とは宮古方言で湧水とか井戸の意。
この辺りにその施設があるようだ。

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道標のそばに、干上がった川のような道がある。


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この道を進んでいくと、突き当りが急に落ち込んだ断崖。
ロープが下まで渡してある。

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階段状のものもほんの途中まであったが、その先は不明。かなり危険。
下まで到底降りられない。

七又.jpg「ミーマガー」
宮古島アプリ「綾道(あやんつ)」様よりお借りしました。

湧き水施設。

ここまで降りて、水を汲みに来たのか。
命がけの作業が昭和30年ごろまで続いたという。
おそらく、けが人やひょっとすれば死人も出たかもしれないな。

(参考)

「七又集落から東南へ600m程の崖下にある湧泉である。七又地区は湧泉に乏しく、飲料水源の確保には想以上の困難を極めたとみられる。当泉は崖下にあるため岩伝いに降りなければならず、水運搬はかなり重労働であったことが予想される。
明治の末頃、住民は岩盤を削ったり、岩石をはめ込んだりして階段をつくり、その通路の確保に時間と労働を費やしている。岩盤を加工した階段は10段ほどみられる。当泉は七又の集落の唯一の水源であり、節まつりにも「ンマリガー」の水として使用してきたという。
戦後、七又公民館の東側に井戸(ンナカガー)を掘削したが水量乏しく、依然としてミーマガーにも昭和30年まで通ったという。ミーマガーは水と生活を考える上からも貴重な湧泉である。」【宮古島アプリ「綾道(あやんつ)】


DSCF3562 (2).JPG弾薬庫の工事現場
工事は順調のように見えたが。


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早やテッポウユリの苗が育ち始めていた。

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カンナだろうか。


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歩道が車道よりも広い。


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これまで歩いてきた道を振り返る。
ずいぶん歩いたものだ。

明日は海宝館まで歩く予定。

今日(1/23)の夕焼け

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圧倒的な夕焼け

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