家内、アルジェリアを旅する⑥の(2)と ⑦ ーバトナで夕食、サハラ砂漠など
11月26日(火)曇り 最高気温23℃ 最低気温21℃ 北東の風 海上風速15m
家内、アルジェリアを旅する⑥の(2)
「 」内は家内の言葉です
「遺跡見学の後、トイレを借りにお昼ご飯を食べたレストランにまた行くと

人懐こい猫がまた寄ってきてテーブルに乗ってきて
じっと見つめてきました。
今日の宿泊地のバトナへ向かう途中、
遺跡を遠望
ラムバエンシス(ラムベッサ)遺跡
ハドリアヌス帝の128年に、北アフリカ全土を護る任務を帯びた
第3軍団「アウグスタ」の駐屯地として建設された町です。

これは総司令部として建設されたものだそうです。
バトナのホテルのレストランで夕食
ハリッサ、青唐辛子で作られているので緑色です。

スープ

メインはドルマ
ここのは、ジャガイモやズッキーニをくり抜いてひき肉を詰めて
煮込んだものでした。なかなかのボリュームでした。
ホテルの最上階のスイートルームのベランダから眺める
バトナの町の夜景。

なんだかホテルの人が、部屋を開けて通してくれたようです。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
家内、アルジェリアを旅する⑦
「旅7日目(10月16日)
バトナは人口29万人、植民地時代にフランスが作った町。
ホテルの窓から眺めた朝の町。
盆地のようになっていて、山に朝霧がかかっていました。

この日は、南に向けて一日バス移動の日です。
ワルグラという町まで約500kmだそうです。

↑ワルグラ
町を抜けてしばらく走ると切り立った岩山の谷間を縫って道が続きます。
サハラ・アトラス山脈なのでしょうか。

エル・カンタラという町の手前で写真ストップ
エル・カンタラ橋
紀元3世紀にローマのアウグスタス軍によって建設され
1862年にフランスが修復。
ナポレオン3世を表す「N」マークが装飾されているそうです。

道路と並行して一段高い所に鉄道も敷かれています。
ちょうどトンネルに列車が入っていくところです。
行程の3分の1ほど進んだところにあるビスクラの町で休憩。
ビスクラはディツ(ナツメヤシ)の一大産地だとか
ずらりとお店に並んでいました。
運転手さんの休憩でもあるので私たちはお店をぶらぶら見て歩きました。

陶器屋さんに並んだカラフルなお皿
ケバブを焼くコンロ台の飾り。
大きな唐辛子がたくさんぶら下げてありました。

こちらのお店は大きなやかんがコンロに並んでいます。
チャイを入れるお湯を沸かしているのでしょう。

お昼はまだなのですが、ターキー(七面鳥)のケバブを味見させてもらいました。
この店のお肉は金属の串にさしてありました。
さらに走って行程の半分を過ぎたころ
トゥグルートの町で昼食
トゥグルートから西に走るとチュニジアのトズールまで
200㎞ぐらいのところです。
牛肉の煮込み、なすのグラタン、サフランライスが添えてありました。
初めて、ポテトが出てきませんでした。
バスはさらに南下、砂漠の風景が広がってきました。
サハラ砂漠です。
モロッコ、チュニジア、ともにサハラ砂漠の端っこに行ってきましたが
ここでも真ん中とはいえ北の端っこです。
ワルグラの町に入る手前で小さな砂丘を歩きました。

こう見ると広大な砂丘の真ん中のようですが、
すぐそばの道路からちょこっと上っただけです。

夕日に染まる砂丘を撮りたくてしばらく待っていたのですが、
警護のポリスが、早くもどれとせかします。

とうとう上まで呼びに来たので、皆仕方なくバスに戻りました。
おまわりさんも早く帰りたかったのでしょうか。
これは、しゃがみこんで砂丘に沈む太陽の感じで撮りました。
ワルグラに到着。
ワルグラは都市圏人口19万人。
標高142mのサハラ砂漠にある中心都市です。
10世紀以前に、ベルベル人のバヌ・ワルグラ部族が
町を建設したことにはじまるそうです。
ホテルのレストランで夕食。
ここでは、アルコールの提供がありました。

久しぶりにビールを注文。
サラダ、スープの後はパスタ。ボロネーゼだそうですが、
えっ?って感じのものでした。
給食を知っている若い世代のメンバーは、
「ソフト麺」だと評していました。」
〇家内、アルジェリアを旅する①-関空からアルジェまで
↓
https://1120kura.at.webry.info/201911/article
〇家内、アルジェリアを旅する②-アルジェ郊外の観光
↓
https://1120kura.at.webry.info/201911/article_4.html
〇家内、アルジェリアを旅する③ーティパサ遺跡
↓
https://1120kura.at.webry.info/201911/article_5.html
〇家内、アルジェリアを旅する④の(1)ー露店に豊富な野菜、ムシーラで昼食
↓
https://1120kura.at.webry.info/201911/article_6.html?1573855887
〇家内、アルジェリアを旅する④の(2)ーベニ・ハマッド要塞
↓
https://1120kura.at.webry.info/201911/article_7.html
〇家内、 アルジェリアを旅する⑤その(1)ー周囲が1200m級の山々と
二つの谷に囲まれた標高900mの自然の要塞であった「ジェミラ」遺跡を見学する
↓
https://1120kura.at.webry.info/201911/article_10.html
〇家内、アルジェリアを旅する⑤その2ー橋の都市「コンスタンティーヌ」
↓
https://1120kura.at.webry.info/201911/article_11.html
〇家内、アルジェリアを旅する➅の(1)ーアルジェリア最大のモスク
マグリブ諸国最古の王家の墓 「アフリカのポンペイ」
↓
https://1120kura.at.webry.info/201911/article_13.html
家内、アルジェリアを旅する⑥の(2)
「 」内は家内の言葉です
「遺跡見学の後、トイレを借りにお昼ご飯を食べたレストランにまた行くと
人懐こい猫がまた寄ってきてテーブルに乗ってきて
じっと見つめてきました。
今日の宿泊地のバトナへ向かう途中、
遺跡を遠望
ラムバエンシス(ラムベッサ)遺跡
ハドリアヌス帝の128年に、北アフリカ全土を護る任務を帯びた
第3軍団「アウグスタ」の駐屯地として建設された町です。
これは総司令部として建設されたものだそうです。
バトナのホテルのレストランで夕食
ハリッサ、青唐辛子で作られているので緑色です。
スープ
メインはドルマ
ここのは、ジャガイモやズッキーニをくり抜いてひき肉を詰めて
煮込んだものでした。なかなかのボリュームでした。
ホテルの最上階のスイートルームのベランダから眺める
バトナの町の夜景。
なんだかホテルの人が、部屋を開けて通してくれたようです。」
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家内、アルジェリアを旅する⑦
「旅7日目(10月16日)
バトナは人口29万人、植民地時代にフランスが作った町。
ホテルの窓から眺めた朝の町。
盆地のようになっていて、山に朝霧がかかっていました。
この日は、南に向けて一日バス移動の日です。
ワルグラという町まで約500kmだそうです。
↑ワルグラ
町を抜けてしばらく走ると切り立った岩山の谷間を縫って道が続きます。
サハラ・アトラス山脈なのでしょうか。
エル・カンタラという町の手前で写真ストップ
エル・カンタラ橋
紀元3世紀にローマのアウグスタス軍によって建設され
1862年にフランスが修復。
ナポレオン3世を表す「N」マークが装飾されているそうです。
道路と並行して一段高い所に鉄道も敷かれています。
ちょうどトンネルに列車が入っていくところです。
行程の3分の1ほど進んだところにあるビスクラの町で休憩。
ビスクラはディツ(ナツメヤシ)の一大産地だとか
ずらりとお店に並んでいました。
運転手さんの休憩でもあるので私たちはお店をぶらぶら見て歩きました。
陶器屋さんに並んだカラフルなお皿
ケバブを焼くコンロ台の飾り。
大きな唐辛子がたくさんぶら下げてありました。
こちらのお店は大きなやかんがコンロに並んでいます。
チャイを入れるお湯を沸かしているのでしょう。
お昼はまだなのですが、ターキー(七面鳥)のケバブを味見させてもらいました。
この店のお肉は金属の串にさしてありました。
さらに走って行程の半分を過ぎたころ
トゥグルートの町で昼食
トゥグルートから西に走るとチュニジアのトズールまで
200㎞ぐらいのところです。
牛肉の煮込み、なすのグラタン、サフランライスが添えてありました。
初めて、ポテトが出てきませんでした。
バスはさらに南下、砂漠の風景が広がってきました。
サハラ砂漠です。
モロッコ、チュニジア、ともにサハラ砂漠の端っこに行ってきましたが
ここでも真ん中とはいえ北の端っこです。
ワルグラの町に入る手前で小さな砂丘を歩きました。
こう見ると広大な砂丘の真ん中のようですが、
すぐそばの道路からちょこっと上っただけです。
夕日に染まる砂丘を撮りたくてしばらく待っていたのですが、
警護のポリスが、早くもどれとせかします。
とうとう上まで呼びに来たので、皆仕方なくバスに戻りました。
おまわりさんも早く帰りたかったのでしょうか。
これは、しゃがみこんで砂丘に沈む太陽の感じで撮りました。
ワルグラに到着。
ワルグラは都市圏人口19万人。
標高142mのサハラ砂漠にある中心都市です。
10世紀以前に、ベルベル人のバヌ・ワルグラ部族が
町を建設したことにはじまるそうです。
ホテルのレストランで夕食。
ここでは、アルコールの提供がありました。
久しぶりにビールを注文。
サラダ、スープの後はパスタ。ボロネーゼだそうですが、
えっ?って感じのものでした。
給食を知っている若い世代のメンバーは、
「ソフト麺」だと評していました。」
〇家内、アルジェリアを旅する①-関空からアルジェまで
↓
https://1120kura.at.webry.info/201911/article
〇家内、アルジェリアを旅する②-アルジェ郊外の観光
↓
https://1120kura.at.webry.info/201911/article_4.html
〇家内、アルジェリアを旅する③ーティパサ遺跡
↓
https://1120kura.at.webry.info/201911/article_5.html
〇家内、アルジェリアを旅する④の(1)ー露店に豊富な野菜、ムシーラで昼食
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https://1120kura.at.webry.info/201911/article_6.html?1573855887
〇家内、アルジェリアを旅する④の(2)ーベニ・ハマッド要塞
↓
https://1120kura.at.webry.info/201911/article_7.html
〇家内、 アルジェリアを旅する⑤その(1)ー周囲が1200m級の山々と
二つの谷に囲まれた標高900mの自然の要塞であった「ジェミラ」遺跡を見学する
↓
https://1120kura.at.webry.info/201911/article_10.html
〇家内、アルジェリアを旅する⑤その2ー橋の都市「コンスタンティーヌ」
↓
https://1120kura.at.webry.info/201911/article_11.html
〇家内、アルジェリアを旅する➅の(1)ーアルジェリア最大のモスク
マグリブ諸国最古の王家の墓 「アフリカのポンペイ」
↓
https://1120kura.at.webry.info/201911/article_13.html
"家内、アルジェリアを旅する⑥の(2)と ⑦ ーバトナで夕食、サハラ砂漠など" へのコメントを書く